医療

小さな命を守るために私たちができること。

11月は「児童虐待防止月間」です。

みんな覚えているかな。

今年の3月に、東京に引っ越したばかりの5歳の女の子が

親からの虐待により、尊い命を奪われてしまった。

 

とてもとても悲しい悲しい事件。

そして、SNSでは

「虐待かも?と感じたら、189へ

という投稿があふれていた。

ひとりひとりができること

たしかにとても有効かもしれない。

 

だけど、、、どうしても。

少し寂しい感じもして。

 

たとえばだけど、

通報の前に

声をかけることはできないだろうか?

例えば、隣の家で

毎日子どもの泣き声や、大人の怒鳴り声が聞こえてきたとして

ドアを「コンコン」でもいいし、「ピンポーン」でもいい。

その場所その時間に

その「空間」の「空気」を変えることはできないだろうか?

「大丈夫ですかー?」と声をかけることで

「やりすぎていたかも?」という客観的な面を考えてくれるかもしれない。

また、「近所の目がある」ということに気がついてくれるかもしれない。

「児童虐待」の多くは「孤立」から産まれているのではないだろうか?

その時、その場所、その空間で、声をかけることによって

何かが少し、変わるかもしれない。

 

もしかすると、親も、何かに困っているかもしれない

相談したいのかもしれない。

「189」に通報するよりも、

あの子を救えるのは「今すぐ」の「私」かもしれない。

 

189は匿名で通報できる分、

便利だけど、弊害も多いような気がしている。

そして、その189の先にあるのが

児童相談所の存在。

 

その、児童相談所についても

「児童相談所は無能だ!」という投稿が多くみられた。

本当に児童相談所は、何もしなかったのだろうか?

▼香川県の児相、警察の動きなどがまとめられている記事▼
https://www.huffingtonpost.jp/2018/06/06/gyakutai-yua_a_23452097/?ncid=fcbklnkjphpmg00000001

とても詳しく書かれている良記事だと思った。

そしてまた、これを読んだ人たちは

「品川の児相が最悪!!」として、騒ぎ立てていた。

これまでの流れのすべて、否定はしない。

そういう部分もあるとは思う。

思うけれども、

東京の児相だって、

あの時あの場所のあの子の命は救えなかったけど、

あの時、他の場所の別の子の命を救っていたのかも知れないよ。

毎日毎日、たくさんの電話が189にかかってきていたとして

とても危機迫る件がたくさんたくさんあったとして。

対応が遅れてしまったのかもしれない。

失われた命は戻ってこないけれど、そういうこともあるかもしれない。

 

行政の福祉の現場は、いつもパンクしている。

その中で、どれが緊急かを毎日毎日判断している。

優先順位をつけがたいけど、つけて、

毎日毎日、バタバタのドキドキだと思う。

病院のERに、似ているところがあるのかもしれない。

 

たくさんの119通報。

中には「本当に緊急かな?」と思うものも多い。

189は、そうでないと願いたい。願いたいけど・・・。

 

通報して、正義のつもりで満足したりはしていないだろうか?

本当の正義なら、勇気をもって、声をかけてみてはどうだろうか

隣の家なら、朝や夕方に、「おはよう」と声をかけてみるのはどうだろう?

こどもやご家族と接点をつくるのはどうだろう?

私たちは、隣に誰が住んでいるかを知っている?

息子のクラスメートの名前や顔や、状態を知っている?

 

通報は、確かに重要だと思う。

だけど、私たちにできることは、まだまだもっとある気がしてならない。

通報よりも、もっともっと大切なことを忘れてはいないだろうか。

大切な大切なこどもたちの命を守るのは

警察や児相、行政だけの役目じゃない。

私たち、ひとりひとりの役目でもあると思う。

 

できることは、きっとまだまだある。

もう二度と、こんな事件が起こりませんように。

もう二度と、起こさないように。

私ができることをひとつひとつ。

 

私に何が、できるだろうか。

▼統計データ▼
https://www.orangeribbon.jp/about/child/data.php