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看護は、アートである

私が看護学校で
一番はじめに校長先生から学んだことは
「看護はアートである」でした。

私の経歴は、芸大行ったり、法学部行ったりで
むちゃくちゃに見えるかもしれないけど
全てが確実につながっていました。

人の心を豊かにする、のが看護だったり
人の心を癒すことが出来る、のも看護です。

それはアートも同じ。

「アート」と「看護」が少し違うところは
看護はそこに「エビデンス」が必ず必要だということ。
「なぜ、それをするのか」
「何のためにそれをするのか」
「それについてのデータや論文はあるのか」

この部分については
「法学」の分野ととても似ていました。

法はそのものが根拠だし、
行使のためには根拠になる法が必ず必要です。
それなしに行使は出来ません。
看護もそれはおんなじです。

芸大で学んだこと
法学部で学んだことが
とてもとても活かされて
私は「看護学」に魅了されました。

そして今、福祉施設で働いています。

なぜ、医療行為のない
福祉施設に看護師が必要なのか。
わからない方も多いと思いますが
看護師は「対象を看る」専門職だと思っています。

それは写真を撮る、ということにも繋がっていて
結局、私はただ単に人が好きなんだと思います。

あきれるくらいに
人を信じてしまうし
それで痛い目にもたくさんあってきましたが
やっぱり、人はおもしろく、
人は愛に溢れているとどこかで信じています。

そしてそのためには
自身の心身の健康がとても大切になってくるし
自身でセルフケアをきちんとしていかなければ
と思います。

自身がしっかりしている人同士が繋がると
それはすごいパワーになると思います。

ただ、なんらかのケアが必要な人と関わる場合は
依存に注意しなければいけないように思います。

一方の依存が共依存に発展していくと
もうその環境を変えない限り
なかなか抜け出すことは難しく
第3者のチカラが必要になってきます。

その時の「看護力」だと、思っています。

お医者さんは「症状」があってやっと診てくれます。
そしてそれが「おさまる」ように「治療」してくれます。

私は地域の看護師として
「症状が出る前に」「症状が出ないように」
「病気や障害を持っていても、その人らしく生きれるように」
人により添い
「受容・傾聴・共感」の姿勢で
看護していけたら、と思っています。

 

「看護はアートである」

看護師なら誰でも知っているナイチンゲールの言葉ですが
心から尊敬する垣花校長先生から学ぶことができて
本当によかったと思います。

私は地域で看護をし続けます。
そして、写真も撮り続けるし、教育にも関わり続けたい。

乳幼児検診で身長体重も測定するし、訪問して授乳フォトも撮る。
高齢者の集まる公民館で血圧も測って、カチャーシーも踊る。
障害者施設でみんなが健康でいられるように保健業務もするし
ステキな建物を活かして、イベントを開催し、地域と施設をつないでいく。
もちろん、ご家族のレスパイトケアにも努めていきます。

看護って、なんでもできる。

周りからすると、看護師???と思われるかもしれないけれど
私は私の思う看護を精一杯やっていきたいと思っています。

看護師2.0  →3.0にアップグレードしました

看護の現場は、病棟だけではない。
私の生きている場所、すべてが現場だと思っています。

ブログも始めたし、どんどん発信していくぞー☆
これからもよろしくお願いいたします。